常識を疑って自分に合った資産運用をしよう
投資の世界には「長期・分散・低コスト」という有名な格言があります。インデックス投資の父ジョン・C・ボーグルや『ウォール街のランダム・ウォーカー』のバートン・マルキールなど、世界中の投資家が繰り返し推奨してきた鉄則です。
長期で積み立て、幅広く分散し、コストを抑える。これは投資初心者にとって「王道の入り口」であり、資産形成を進める上で非常に有効な考え方です。
しかし、本当にそれは万人向けの絶対解なのでしょうか? FIREを目指す人、退職金を運用する人、教育費を抱える家庭…。状況や目的が違えば、最適な運用戦略も変わるはずです。
本記事では、投資の常識とされる「長期・分散・低コスト」をそれぞれ深掘りし、そのメリットと限界を整理します。そして、格言に縛られず「自分に合った資産運用」を考えるヒントをお届けします。
長期 ― 時間を味方にする理想と現実
投資で最もよく言われるのが「長期投資の重要性」です。複利の力は時間をかけるほど強力になり、暴落や調整を乗り越えるチャンスを与えてくれます。歴史的に株式市場は右肩上がりの傾向を示しており、長期保有者が利益を得やすいのは事実です。
長期投資のメリット
- 複利効果を最大限活かせる:運用益がさらに利益を生む「雪だるま式の成長」が期待できる
- 短期的な値動きを無視できる:市場のノイズに振り回されにくい
- 歴史的に右肩上がりの傾向:株式市場は長期的には成長してきた実績がある
長期投資の課題
しかし現実を見ると、投資信託の平均保有年数は2〜3年程度(2024年時点)に過ぎません。理論では「10年・20年持てば安定する」と言われても、多くの人がその前に手放してしまうのです。
さらに、FIRE後や退職後のように「取り崩し」を前提とするフェーズでは、長期が必ずしも安心につながりません。
- 下落局面での資産減少を直視しながら生活費を引き出すプレッシャー
- 「いつ回復するのか」という不安
- 老後資金が枯渇するかもしれない恐怖
理論と感情の間には大きな隔たりがあります。長期投資は有効ですが、それを自分のライフプランにどう適用するかを冷静に考える必要があります。
分散 ― 卵を複数のカゴに入れるだけでは足りない
「卵は一つのカゴに盛るな」。分散投資はリスクヘッジの基本です。S&P500やオールカントリーに投資すれば、米国や世界の成長を幅広く取り込めます。資産形成期にはこれで十分に有効でしょう。
資産形成期と取り崩し期で変わる分散の意味
しかし、取り崩し期では事情が変わります。停滞や下落が長引けば「分散しているから大丈夫」と頭では理解していても、実際には取り崩せない心理的ハードルに直面します。
さらに、S&P500やオールカントリーといった指数も実際には米国ハイテク株に偏重しており、真の意味での分散とは言えない側面があります。
つまり「資産形成期の分散=成長を取り込むための分散」、「取り崩し期の分散=下落リスクを和らげるための分散」と役割が異なるのです。
オールウェザー戦略という考え方
そこで注目されるのが、レイ・ダリオ氏が提唱したオールウェザー戦略です。経済を「成長期と縮小」「インフレとデフレ」の4局面に分け、それぞれに強い資産を組み合わせて安定的なリターンを目指すポートフォリオ戦略です。
- 成長+デフレ:株式
- 成長+インフレ:コモディティ
- 縮小+デフレ:国債
- 縮小+インフレ:金など実物資産
この戦略の根底には「リスクパリティ」があります。株式・債券・コモディティなどの資産間でリスクを均等に配分し、特定の市場に依存しない安定した運用を行うものです。
具体例として、ダリオ氏のポートフォリオは「株式30%、長期国債40%、中期国債15%、金7.5%、コモディティ7.5%」という構成が知られています。これにより、市場の「天気」がどんな状態でも一定のリターンを狙えるよう設計されています。
一般投資家がそのまま真似るのは難しいですが、ETFを活用した「オール・シーズンズ戦略」として応用することで、資産形成期・取り崩し期の双方で有効なリスク分散につながります。
分散の本質とは?
分散の本質とは、単なる銘柄数の多さではなく「異なる局面に備えること」です。
数を増やすだけでは不十分で、どんな経済環境でも生き残れるポートフォリオを意識することこそ、分散投資の真の意味だと言えるでしょう。
低コスト ― 信託報酬という“見えない壁”
長期・分散投資を成功させるには、コストを意識することが欠かせません。特に投資信託では信託報酬が大きなポイントです。
信託報酬とは、運用会社・販売会社・信託銀行に支払う報酬であり、保有中にファンドの基準価額から日々差し引かれます。見えにくいコストですが、長期になればなるほど資産に大きな影響を与えます。
信託報酬の目安
- インデックスファンド:年0.1〜0.3%程度
- アクティブファンド:年1.0〜2.0%以上になることも
- 一般的な目安:年0.5〜2.5%程度
たとえば、利回り3%の運用を想定し、10年間投資した場合、信託報酬0.1%のファンドと2.0%のファンドでは、1000万円の運用で約226万円の差が生じるという試算になります(複利前提)。
長期投資と低コストの関係
低コストの恩恵は、長期で持ち続けることで初めて大きな差となって現れます。
しかし、投資信託の平均保有年数は2〜3年程度にとどまっており、実際には低コストの効果を享受できていない投資家が多いのが現状です。
「長期で持てるかどうか」が前提にあり、その上で「低コスト」の重要性が効いてくる。つまり、安さだけを基準にファンドを選んでも、長く続けられなければ意味がないということです。
信託報酬を“実質的に下げる”方法
信託報酬は表面の数値だけでなく、販売会社による還元制度を活用することで「実質コスト」を下げられる場合があります。
例えば、松井証券では投信残高に応じて投信残高ポイント還元があり、インベスコ世界厳選株式オープン(信託報酬約1.9%)を保有すると、0.8%分がポイント還元されます。
つまり、実質的な負担は約1.1%に下がる計算です。これは他社でそのまま1.9%を負担する場合と比べ、大きな差となります。詳しくは下記記事でも解説しています。
低コストは絶対正義なのか?
信託報酬は低ければ低いほど有利ですが、それだけで判断するのは危険です。筆者自身は、低コストのeMAXIS Slim S&P500を保有しつつも、あえて信託報酬の高いインベスコ世界厳選株式オープンも組み入れています。
- 自動で分配金を吐き出す仕組み:利益確定を機械的に行える安心感
- バリュー株中心で米国依存度が低い:インデックスとは異なるリスク分散
- 含み益が膨らみにくい:リバランスや出口戦略が柔軟に組める
- 松井証券の還元制度:実質コストを抑えられる
「低コスト=正義」は資産形成期には強力な武器です。
しかし、長期で保有できなければ効果は限定的であり、また資産を最大化するのではなく活用するフェーズでは、コストよりも「資産の役割」と「実質負担」を重視する方が合理的です。
資産形成期 vs 取り崩し期の戦略比較表
項目 | 資産形成期(増やすフェーズ) | 取り崩し期(使いながら維持するフェーズ) |
---|---|---|
目的 | 資産を最大化すること | 資産を減らさずに生活費を確保すること |
投資スタイル | 長期・分散・低コストを徹底 | 分散+安定収益重視(分配金・債券・オールウェザー戦略) |
商品選びの基準 | eMAXIS Slim S&P500やオールカントリーなど超低コストインデックスファンド | 高配当投信(例:インベスコ世界厳選株式)、債券ETF、分配型ファンドなど |
リスク許容度 | 高め(多少の下落は時間でカバーできる) | 低め(下落中の取り崩しは致命的になりやすい) |
心理的課題 | 下落しても積立を続けられるか | 下落中に資産を取り崩す恐怖に耐えられるか |
戦略の軸 | 長期保有+積立+複利効果 | 安定収益+リスク分散+資産寿命を延ばす |
イメージ | 「雪だるまを大きく育てる」 | 「雪だるまを崩さずに削りながら形を保つ」 |
まとめ ― 格言に縛られず「自分に合った運用」を選ぼう
「長期・分散・低コスト」は投資の王道であり、資産形成期においては非常に有効な戦略です。しかし、それはあくまで出発点にすぎません。
- 長期:複利の効果を活かせるが、取り崩し期には心理的に難しさもある
- 分散:銘柄数を増やすだけでなく、経済局面に備えたオールウェザー的発想が重要
- 低コスト:資産形成期は必須だが、取り崩し期は「資産をどう使うか」で評価が変わる
投資は「数字のゲーム」であると同時に「人生の選択」でもあります。資産をただ最大化することが幸せなのか、それとも「使いながら維持する」ことが幸せなのか。
格言を鵜呑みにせず、常識を疑い、自分に合った資産運用をデザインする。それこそが、長く投資を続け、豊かな人生を実現するための本当の答えではないでしょうか。